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出会いの思い出

 


                          久保田 富弘   前総理大臣官邸写真室長

 もう20年も前のことになるが、いまでも忘れられない一つの出会いがあった。昭和63年4月30日の早朝、ローマ郊外 のチャンピーノ空港に竹下総理を乗せた日航特別機が到着した。日伊首脳会談のため当地を訪れた総理は、タラップを降りて出迎えのアンドレオッティ外相と共に歓迎式に臨んだ。私も公式カメラマンとして随行し、写真記録に携わっていたが、式典が終わり空港を一斉に出発する長い車列の前で、自分の車が見当たらず血眼になって探し回っていた時である。その私を見てとっさに腕を引いて手際よく車まで誘導をしてくれた女性がいた。おかげで間一髪事なきを得たが、危うく空港に取り残されるところだった。仕事を終えてホテルに設定された大使館連絡室に立ち寄ると、そこに空港でお世話になった女性がいた。大使館員から「この方はローマ在住の画家で江花道子さんといい、今回は通訳として応援をお願いしている」と紹介された。コーヒーを前に童女のような笑顔で、長旅の疲れを忘れさせてくれた出会いのひとときが嬉しかった。これが縁となって、その後もローマや東京で度々お会いする機会に恵まれるようになった。

 ある年、文春画廊で開かれた個展の会場で、チェンバロによるミニコンサートが開かれたことがあった。いかにも江花さんらしい粋な趣向である。会場には見慣れた「KUBOTAチェンバロ」が置いてあった。実は私の甥はチェンバロ作りのマイスターとして励んでいるが、その甥の楽器が江花さんの絵の前で演奏されるとは思いもかけなかったことで、深い縁のようなものを感じたことだった。絵画には門外漢の私だが、江花さんの幻想的な作品の前に立つと、不思議なことにチェンバロの旋律が耳元で流れ、そのまま絵画の世界へ引き込まれてしまうことがある。この秋には近作を携えた江花さんと、久しぶりの再会ができそうだが、新しい作品からはどんな音色が聴こえてくるのか待ちどおしい。

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